2017年03月26日

旅猫リポート

有川浩さんの「旅猫リポート」を読んだ。
・・・・と、言っても途中で断念した。
物語の展開におもしろさが無く、展開も緩慢だ。
有川さんの小説はおおむね評価が高いが、私としては断念することが多い作家となっている。
購入したが、読まずに放棄したものもある。
とにかくイメージが湧いてこない。
もうこの作家の小説は読まないだろう。


posted by 鎮爺 at 21:05| Comment(0) | 読書

2017年03月12日

崖っぷち町役場

川崎草志あんの「崖っぷち町役場」を読んだ。
川崎さんの作品はミステリー小説の「長い腕」以来だ。
その流れで行くのかなと思ったが、予想は見事に外れてトタバタ物語だった。
限界集落に近い村、その村役場の推進室が中心
なんとか人口減少をくい止めようとするが
思いつきで無理難題を持ち込んでくる
職員はやる気があるのか無いのか
かなり理想論に近い物語だが、読み物としてはおもしろかった。
続編もできそうだが、どうだろうか




posted by 鎮爺 at 07:59| Comment(0) | 読書

2017年02月11日

狼は瞑らない

樋口明雄さんの「狼は瞑らない」を読んだ。

樋口明雄さんの冒険山岳小説は実におもしろい。
この作品も490ページあるにもかかわらず、どんどん読み進めることができる。
登場人物の個性が際立っており、ストーリーが明快だからかもしれない。
それに自然描写はリアルで共感をする部分が多い。
物語はかつて首相のSPをつとめていた主人公が、あまりにも裏の部分を知り過ぎたために命を狙われる。
主人公はSPの任務を解かれ山岳警備隊に配属されている。
その主人公の命を狙って、特殊任務を請け負った警察庁の特殊部隊が送り込まれる。
あまりにも荒唐無稽な仕掛けばかりだが、それがかえっておもしろい。

作者自身の「あとがき」にあるような自身の体験が作品に生かされているのだろう。
挫折を味わった作者の作品はまだまだ楽しみだ。


posted by 鎮爺 at 08:33| Comment(0) | 読書

2017年01月15日

里やま深やま

後藤信雄さんの「里やま深やま」を読んだ。
後藤さんは群馬県の山をくまなく歩いている。
またその記録は「新ハイキングクラブ」の機関誌にガイドとして記載されている。
その後藤さんが書く文章は素朴であり、山を歩くを趣味を持つものにとって心に響く。
また一つの文章を書くにも推敲を重ね、その歴史や文化にも範囲を広げている。
後藤さんの考え方は前書きの筆者紹介に凝縮されているのではないだろうか。

(前略)山はただ登ればよいというものではありません。(略)
山は登らせていただくのですから、山の頂に石祠などがあれば粗塩と白米を供え、自分が歩く登山道の草刈りや倒木の片付けなどの整備を行います。(略)
同じ山に一日に何度も登って、その回数を自慢する人や登山口から山頂まで何分で登ったと自慢する人もいます。(略)
山は低山であれ、高山であれ、その地域の人々に親しまれたということこそ、山としての価値があると言うことなのではないでしょうか。(以下略)

私が小さい頃、山は生活の糧でした。薪を拾い、栗の実を拾い、落ち葉は堆肥に、木は炭にしました。
だからこそ大切にしてきました。しかし、里山はシュンランの乱獲、自然薯掘りによる穴だらけ、おまけにゴミを捨てていく。
私たちの祖先が守ってきた山が、何とも嘆かわしい状態となっています。

考えていたことを文章としてまとめる作業は、山を歩くよりも時間を費やすと思う。
また人の心に訴えるということになれば、さらなる時間を費やすことだろう。
この本は群馬の山歩きの第一人者である後藤さんの思いの詰まった一冊だ。



posted by 鎮爺 at 13:00| Comment(0) | 読書

2017年01月11日

みんな山が大好きだった

山際淳司さんの「みんな山が大好きだった」を読んだ。
日本の登山家加藤保男、森田勝、長谷川恒男、松濤明、吉野満彦、加藤文太郎
世界の登山家、ヘルマン・ベール、モーリス・ウィルソン、
みな輝かしい記録を残している。
そんな彼らの山に対する気持ちを作者が代弁している。
しかし彼らは遭難死してしまっている。
”死んでもいいから山に行くのだと言えば、それは常識からはずれることになるだろう。死は自ら求めるものではなく、あちらからやってくるものだ、というのがいちおうの常識だからである。みんながそう思っていれば、平穏無事な成熟社会が現出するのだろうが、そうはいかない。人間には、その本性として失う危険のあるものを愛してしまうという傾向があるからだ。<中略>遭難者たちはそこに危険があるからこそ、前進したのだから”
山に登らないものにとっては理解しがたいことかもしれない。
作者は単独行についても記している。
単独行に対する考察は理解できる部分が多い。

表紙の絵とタイトルとはかけ離れた内容の本だ。
作者はこの文庫本が発刊された1995年に46歳で亡くなっている。
あとがきは奥様の言葉が記されている。




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2016年12月23日

ドキュメント単独行遭難

羽根田治さんの「ドキュメント 単独行遭難」を読んだ。
このシリーズはノンフィクションで実際に遭難した人に取材してまとめている。
遭難事例は、唐松尾山、羅臼岳、両神山、徳本峠、白山、奥穂高岳、尾瀬ヶ原の遭難事例7件が収録されている。
私もほとんどが単独行なので興味深く読んだ。
ともかく事故が起こった場合、単独行は致命的である。
自分自身で判断し対応しなくてはならない。
ともかく捜索するものとしては、ツアーでもよいから団体で登ってほしいとのことだ。
しかし、単独行は自分のペースで自分の興味があるものをじっくりと楽しむことができる。
そのために増加傾向にあり、そのために事故も増えているという。

ともかく計画書を作成して第三者に渡しておく。
渡された人は計画通りに戻ってこなかったら、躊躇なく110番通報するのが鉄則。

この事例の中には自力で下山したので、遭難したと思っていない人がいる。
しかし、計画通りに下山しなかったのは明らかに遭難である。

事故は誰にでも突然起こる。
そのときの対応を考える意味でもこのような事例集は役に立つ。


posted by 鎮爺 at 21:58| Comment(0) | 読書

生きるぼくら

原田マハさんの「生きるぼくら」を読んだ。
壮絶ないじめ体験で母が作った梅干し入りのおにぎりを食べられなくなる。
人はこんなことで食べられなくなる食べ物があるんだ。
共感する部分がある。
それゆえに引きこもり状態になってしまう。
ところがひょんなことで蓼科のおばあちゃんのところに出かける。
ここでの体験はご都合主義の物語進行となってしまう。
しかし、こんな風にならなければ、この物語はつらすぎる。

蓼科では血のつながらない妹、そして認知症のおばあちゃん、面倒見のよいおばちゃん
こんなオールスターが勢揃い。
ここで自然農法で米をつくるのだ。
この米作りは作者の体験に基づく知識が書かれている。
この辺は米作りを実践しているものにはおもしろく読めた。

久しぶりに読後感がさわやかな作品だった。


posted by 鎮爺 at 21:42| Comment(0) | 読書